デイサービスにチャレンジ

 ようやく,母お気に入りのヘルパーさんが現れた。僕や父やS太が誘っても滅多なことで外へ出かけることのなかった母なのに,その人が担当する日は機嫌がとてもよく,その人と一緒であれば,母は買い物や公園に出かけることもあり,僕と父は大いに驚いた。そのヘルパーさんにだけ頼みたいくらいだった。
 他方で「前のめりでお節介なケアマネのOさん」は,ヘルパーの導入からまだ間がないのに,もう,デイサービスのことで頭が一杯であるかのようだった。無邪気に,僕に対し,デイサービスを勧めてきた。
 確かに必要なことは間違いがない。深夜に母の対応を父としているとき,時々父は「もう,まいった・・・」とつぶやき,あるいはため息をついた。僕たちはしばらく沈黙した後,僕が「どうする?」と聞くと,父は「いや,大丈夫。」と言うが大丈夫ではない。最近は,母の事よりも父が心配で,父にばかり負担をかけていることが申し訳なくて仕方なかった。だから,デイサービスへ進むことはどうしても必要なことだった。でも,母の様子を見ていると,それが可能であるとは到底思えなかった。よって,僕はOさんに対し,「無理ですよ。母は基本的に外へ出ませんから。それと,短時間で気分が変わるし,母が悪態モードにあるときは何人も対応不可能で,母の前から逃げるしか対処方法がないし,デイサービスの最中にそうなったらどうするんですか?」,「Oさんはまだ母の悪態モードを見てないからそんな気楽なことが言えるだけ。」,「本当に凄いんだから」,「父のいないとこで,長時間,母が大人しくしているわけがないし。」と言うほかなかった。しかし,Oさんが譲らないから,とにかくチャレンジすることになったが,一回目は,やはり,デイサービスお迎えの時刻に母は起きず,あえなく失敗した。
 そこで,朝の苦手な母の為に,お迎え時刻を二段階に設定してもらった。最初のお迎えに失敗したら,他の家へ先に迎えに行ってもらった後,もう一度迎えに来てもらうことにした。しかし,二回目は,起きていたが機嫌が悪く,「行かないっ!」と言われて,やはり,あえなく失敗した。
 すると,Oさんは一計を案じ,次は,デイサービスの職員が一人で「お迎え」をするのに任せるのでなく,「送り出し」をするヘルパーさんを先に家に入れ,母を起床させ,着替えさせ,気分を整えさせて「お迎え」を待つ作戦を立てた。
 これが見事に成功し,何と!母はそそくさと知らない人が運転する車に乗っていった!!それは僕と父からすれば信じられない光景だった。なぜならば,母は,本当に気分の良い日でないと家を出ることがなかったし,誰に対しても疑い深く慎重な性質だから(だったと思うんだけど),知らない人が運転する車に乗るとは到底思えなかったからである。しかし,母は何の疑問もなく車にのっていった。確かに,車が出るとき「え?私だけ?」って感じの顔になっていたような気もしたが。
 案の定,約一時間後,デイサービス先から,母が「帰る!」と言って聞かないのでお迎えをお願いしますとの電話が入った。ちっ,ほうらね。迎えに行った。
 二度目も,何とか車には乗ったが,そのまま引き返してきた。父によると,家に帰ってきた母は運転手さんに対し,怖い顔を向け,歯を食いしばった顔で「二度と行きません!」と宣言していた。
 三度目,平成20年7月25日,初めてデイサービスに成功した(お迎え成功。昼間一度も電話連絡なく,機嫌よく帰ってきたので成功と認める。)。もちろん,滞在中不機嫌な時間帯も長かったと思うけど,一時的にしろ,他の人たちと一緒にテレビを見たり食事をしたり,心穏やかな時間も過ごした模様。この成功は本当に嬉しかった。Oさんありがとう!
 デイサービスの成功で,ようやく,父も僕も心が安まる時間ができた。心に余裕が生まれ,翌26日には近くの公園の夏祭りにでかけた。父も母も浴衣姿の小さな子どもを見て「可愛いね。可愛いね。」と大喜びしていた。そして,意外にも祭りの最後まで母の集中力は続き,抽選会の最後まで参加していた。そして,なんと!父がC賞に当選した!父は大喜び,喜ぶ父を見て母も大喜びだった。2000円の商品券に過ぎなかったが,とても幸せな晩になった。

 僕は,少し前から気になっていたことの対策を講じようと思った。それは,ある日,僕が,実家の門を外に出た際,ちょうど同じタイミングで,その目の前をギリギリで通過する自動車があったことである。門の直ぐ外に真っ直ぐに続く下水溝の上に敷かれた蓋の上にタイヤを載せ,その振動を楽しむかのように走行する自動車を発見して驚いた。僕が運転手の顔を見ると,速度を上げて慌てて逃げていったが,また同様のことをしないとは限らない。そこで,僕は通販で,「飛び出し坊や」を購入し,コーナンでブロックを一つ買って重石として,実家の前の下水溝の蓋の上に置いた。せっかくだから,一番可愛い飛び出し坊やを選んだ。母は気に入ってくれるかな?と思っていたら,母は大いに気に入ったようだった。
 よって,母は,夕方になると,門の外に置かれた飛び出し坊やを持ち上げて石段を登り,家の玄関の中へ飛び出し坊やを運び込んだ。それは,誰かに飛び出し坊やを持って行かれないようにするためだった。この母親の行動は全く想定外だった。もっと可愛くない坊やにすればよかったのか。しかし,ブロックごと持ち上げて石段を運びあげるのは非常に危険なので,運べないように,針金で下水溝の蓋に固定した。すると,今度は,母は父を呼び,厳しい口調で針金を取るよう命令したので,僕はやむなく坊やを撤去し,坊やはしばらく玄関の中に飾られていた(しかしこれは無意味だ・・・・・・そこでやむなく,僕は坊やを第二事務所の前の車道とわき道の交差する部分付近に置いてみた。すると,そこはM小学校へ通う子どもたちの通学路の一つであり,危険な状況が時々なくはなく,正に坊やを置くにふさわしい場所であったことを知った。ので,後に第二事務所を移転した後にも,坊やはそこに置き続けられている。)。

 また,父母の二人の生活の中に小犬がいるといいのではないかと父に提案したが,世話が大変だと言って消極的だったので,替わりに,僕は,プレオという恐竜の子どものロボット(声を掛けたり触ると,本当に生きているかのような様々な動きをするもの)を淀屋橋ODONAで購入して実家に持っていった。持参した当日は,その緑の愛くるしい姿を母はずいぶんと気に入ったので,僕は満足して帰宅した。 が,翌日は怖がったらしい。僕は見ていないので,いったいどういうやりとりの結果,そうなったのか想像し難いが,父は,プレオが動けないように,サランラップでグルグル巻きにしてバケツに入れ,さらにバケツにふたをしていた。ということで,プレオは直ぐに実家から引き上げられた。
 母の行動を予測するのは難しかった。