母はいつから認知症に?

(うつ? → 統合失調症? → 認知症)
 「ジェジェ」は室内犬のヨークシャテリア。昔,まだ僕が中学生で,実家から学校に通っていたときに父が連れてきた。母はジェジェをとても可愛がり,ジェジェもよくなついていた。
 母は,ジェジェを近くで遊ばせながら,家の庭で様々な園芸の作業をするのが好きだった。また,お喋りが大好きで,ジェジェを抱きかかえて家の前を行ったり来たりし,たまたま顔を出した近所の人を見逃さずに話しかけた。家の正面の奥さんは,そのころのことについて,「ジェジェを抱えた春美さんにみつかったら二時間は覚悟しなきゃ」と笑いながら言っていた。このころは,毎年春には庭がチューリップだらけになっていたが,ある年からは全く見られなくなった。

 まだ認知症のことに思い至らなかった頃,相当長期にわたり,母がいつも不機嫌で,体調もよくなく,ずっと家に閉じこもっていたと思われる時期があった。僕は仕事が忙しかったこともあり,年に数回しか実家を訪ねなかった。久しぶりにS太を連れて実家に帰っても,父は大喜びでS太と遊んでいるのに,母は奥の和室に入ったまま出てこなかった。父が母に声をかけても,母は襖を開けず不機嫌に「寝かせといて」と言い,父が再び「S太くんが来てるよお母さん」と明るく声をかけても,「もうええ」と怒鳴るような状況だった。僕も,できるだけ優しく明るく声をかけて,近所の公園に散歩に出ようと誘うが,襖が開く気配はなかった。
 すると,目の前をジェジェがよちよちと和室に向かっていき,小さく二度吠えた。すると,襖が静かにスーッと10cmくらい開いて,ジェジェが入っていくと,襖がスーッと閉じられた。僕はあっけにとられたままその一部始終を見ていた。そのジェジェもずいぶん前に死んでしまった
 そんな母が,完全に家に閉じこもり,人と話さなくなった後は,時々妄想を言うようになっていたなあと思い出した。当時は,そんなことは思いもよらず,ほぼ聞き流していたが,今思えば妄想だったと思う。ただ,100%架空の事実を空想しているのではなく,実際に起きた取るに足りない小さな事実を極端に自分に関連づけ,誇大に意味づけをして思いこむ類の妄想だったんじゃないかと思う。すなわち,よく聞かされたのは,小さな子どもが家の門のところに来て,母に対し,声をひそめて「おばちゃん一人?」って聞いてくるというもの。母によれば,これは,押し売りや強盗が,子どもを使ってターゲットを物色しているというのである。だから,母はその子どもに対し,「違うよ。お父さんや息子も家にいるよ!なんやったら呼ぼか!」って言うらしい。すると,子どもはピューって逃げるらしい。ほかには,黒い服を着た数名の男たちが,私たちの行動を監視している。とか,門柱をグラグラと押し倒そうとする者を見た。とかいう話しを繰り返し聞かされた。
 「来てほしい。おかしい。ピアノのある部屋のカーテンの後ろにしゃがんでる人が怖い。見たことがある人・・・」という電話もよくかかってきた。本当に怖そうに言うので,僕も心配になり,父に電話して,「今,いるらしいから,ちょっと庭を確認してみて。」「気を付けてな。」「万一,誰かが庭にいたら,直ぐに警察よんでな。」と言うが,不審者は見あたらなかった。僕は,当時,母には幽霊が見えるようになったんかなとも思っていたが,これが,夜になって鏡のようになった応接室のガラスに映った自分の姿を見ていたんだと気づいたのはずっと後になってからだった。
 また,今思えば,母は,夜になると「頭痛い,頭痛い」と父に訴えることがよくあったし,僕への電話でも,「わけわからへん。私頭おかしいのかな?」,「わけがわからない。なぜ私はここにいるの?どういうこと?なぜ皆黙っているの?」,「なんかぼんやりしてる。わけわからない。庭に出ても,何をしようとしていたのかわからない。たいくつたいくつ」など言うことがたびたびあったが,正に,脳が萎縮し始め,認知症が進行していく状態を感じ取っていたのであろうか。

(対策① 一人にして寂しくさせる作戦)
 「話せばわかる」と言うけれど,最強悪態モードに入った母と「話せばわかる」人は誰もいない。Mのおばあちゃんでもだめだと思う。・・・ジェジェなら可能だったかもしれないが,ジェジェはもういない。とにかく,最強悪態モードになったときは,いくら母と話しをしても事態が改善することはないので,そういう場合は,黙って家から脱出し,母を一人きりにすることが大切であることを経験から学んだ。
 母を一人きりにすると,(対象がいなくなるから)怒るのを止め,黙々と何らかの作業をするのだと思う。そして,しばらくして,はたと一人であることに気づき,寂しくなってくるのだと思う。一時間もすればたいてい母はとても寂しがっており,そこへ誰かが帰ると,「よかった。びっくりしたー。どこに行ってたの?これからはちゃんと言って出かけてね。」と言って大歓迎されるからである。
 父が家を出て避難すると,直ぐに,母から僕に電話がかかってくる。最初は,「どういうこと?みんなが好き勝手なことばかりしとる!」など怒りまくった電話がかかってくるが,もうしばらくすると,その内容は「寂しいの。誰か来てほしい。前にもこんなおかしな状態があったような気がする。」というものに変わってくる。このことを確認した後,僕は父に対し,「帰ってよし」と伝える。当初は,この作戦が効果てきめんで,その間,父は近所の居酒屋で一杯飲みながら,僕の電話を待っていた。ただし,父外出中に,母も家を出てしまうと,母は家に戻れないし父が母を捜すこともできなくなってしまうので,門扉に,門扉の外から蝶番を付けることにした。すなわち,この門扉を開けて外へ出るためには,門扉の内部にある本来の鍵を開け,更に門扉の上部の外側(母から見て裏側)に手を回し,この鍵も開ける必要があるが,門扉の外側(裏側)に蝶番のあることを覚えられない母はこれを開けることができず,門扉を開けることができないということだ。また,父が単独の脱出に失敗し,母が一緒に外に出てしまうことがあるので,そんなときには母にGPSを持たせてしばらく好きに歩かせるため,市役所からGPSをレンタルし万一に備えることにした。