私たちの日常生活では様々な「契約」がなされています。コンビニエンスストアーで買い物をするのも「契約」ですし、不動産を売ったり買ったりするのも「契約」です。 他にも、銀行にお金を預けたり借りたり、旅行で電車に乗ったり、旅館に宿泊するのも「契約」です。私たちは、多種多様な契約を日々繰り返しながら生活していると言えます。
「契約」は当事者の「合意」によって成立しますが、その「合意」が成立するためには、「(少し難しい表現になりますが)自らの行為の結果がどうなるかを予測・判断して、 これに基づいて自ら意思決定する精神能力」が必要とされています。この能力を「意思能力」と言っています。意思能力の有無については画一・形式的にではなく、 個々の意思表示や法律行為ごとに個別・具体的に判断され、一般的には、10歳未満の幼児や泥酔者、重度の精神疾患のある人などには、意思能力がないとされています。
「意思能力」のない人がした法律行為は、一般的に無効、つまり契約などの効力が生じないと言われています。例えば、重度の認知症のケースで、 意思能力が欠けていると医師から診断されている方が、仮に不動産の売買契約を結んだとしても、その契約は効力を有せず、無効な契約と判断されるおそれが高いといえます。
上記の例で、仮にその親族等が本人を代理して契約を結んだ場合でも、結果は同じです。親族等が本人の代わりに契約を結ぶためには、本人から適切な委任を受ける必要があり、 もはや本人に意思能力のない以上、それも困難と言えます。この場合であれば、法定代理権を持つ成年後見人の選任を裁判所に申立て、その者が相手方と契約を結ぶことになります。
意思能力の定義やこれを欠く場合の効力などについては、現在進められている民法(債権関係)の改正作業のなかで、「意思能力の定義の明文化」などが検討されているところです。
契約などの法律行為の際に、意思能力の失われていたことを理由としてその無効を主張するためには、その行為がなされた時点において、 自らに意思能力がなかったことを証明しなければならず、意思能力という実質的な基準だけでは曖昧なため、 意思能力の失われたか又は不十分な状態の方の保護を十分図ることができないおそれがあります。 また、意思能力がなかったことが証明された場合には、当該行為は無効となるので、契約などの相手方などに不測の損害を与えるおそれもあります。
そこで法律(民法)は、意思能力が失われたか又は不十分な状態の方を保護するために、「制限行為能力者制度」という、年齢や判断力の有無・程度による形式的な基準を定めました。
単独で有効な契約などの法律行為をすることができる能力を「行為能力」と言いますが、そのような行為能力の制限される者が、「制限行為能力者」として判断能力など本人の事情に応じて、 (1)未成年者 (2)成年被後見人 (3)被保佐人 (4)被補助人 の四つに分類し規定されています。
(1)未成年者 | (2)成年被後見人 | (3)被保佐人 | (4)被補助人 | |
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要件 | 20歳未満の者(民法4条) | 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者(7条) | 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者(11条) | 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者(15条) |
本人の能力 | 特定の行為以外は単独で不可 (5条・6条) | 日常生活に関する行為を除き、財産行為不可(9条) | 13条1項所定の行為だけ単独で不可(13条) | 同意権付与の審判を受けた行為のみ単独で不可(17条) |
法定代理人 | 親権者 又は 未成年後見人 | 成年後見人 | 保佐人 | 補助人 |
権能 | 同意権・代理権・追認権・取消権 | 代理権・追認権・取消権 | 同意権・追認権・ 取消権 審判により代理権 |
追認権・取消権 審判により同意権・代理権 |
「法定後見制度」とは、すでに意思能力が失われたか又は不十分な状態の方について、 家庭裁判所に申立てることより、本人のために成年後見人等が選任される制度(前述)です。
一方「任意後見制度」とは、意思能力が十分なうちに、将来、その能力が衰えた時に備え、 自らが選んだ代理人(任意後見人)に、自分の生活、療養看護や財産管理に関する事務について 代理権を与える契約(任意後見契約)を公証人の作成する公正証書で結んでおくというもので、 本人の意思に従った適切な保護・支援をすることが可能になると言われています。
司法書士業務の主なものに「不動産の相続登記手続き」がありますが、その手続きを進めるために、 共同で相続した相続財産を具体的に誰にどのように分けるかを相続人全員で話し合う「遺産分割協議」をする場合があります。
問題となるのは、相続が発生したときに、相続人の中に重度の認知症や知的障害、
精神障害などにより意思能力を失われた方がおられる場合です。
遺産分割協議を行うためには、前述の契約と同様、相続人には意思能力が必要とされ、
意思能力を失われた方が参加した遺産分割協議は無効となります。
この場合も、前述のとおり、成年後見制度を利用して成年後見人を選任し、
選任された成年後見人が本人に代わって遺産分割協議を行うことになります。
相続の「登記」手続きについては、相続税の税務申告のような期限が特に設けられていないため、 長期間手続きが放置されているケースがありますが、放置した結果、相続人の高齢化に伴い、上記のように、 有効な遺産分割協議ができなくなることも考えられますので、 少なくとも遺産分割協議だけは早いうちに相続人間でまとめておかれることをお勧めします。